原町市

はらまちし
原町市
相馬野馬追に於ける神旗争奪戦
相馬野馬追に於ける神旗争奪戦
原町市旗 原町市章
原町市旗
1958年昭和33年)3月17日制定
原町市章
1958年(昭和33年)3月17日制定
廃止日 2006年1月1日
廃止理由 新設合併
原町市小高町、鹿島町 → 南相馬市
現在の自治体 南相馬市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 東北地方
都道府県 福島県
市町村コード 07206-1
面積 198.49km2
総人口 47,458
推計人口、2006年1月1日)
隣接自治体 相馬郡小高町、鹿島町、飯舘村
双葉郡浪江町
市の木 ケヤキ
市の花 白ユリ
市の鳥 ヒバリ
原町市役所
所在地 975-8686
福島県原町市本町2丁目27番地

原町市役所(現・南相馬市役所)
外部リンク 原町市(Internet Archive
座標 北緯37度38分32秒 東経140度57分26秒 / 北緯37.64219度 東経140.95725度 / 37.64219; 140.95725座標: 北緯37度38分32秒 東経140度57分26秒 / 北緯37.64219度 東経140.95725度 / 37.64219; 140.95725

原町市の県内位置図
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原町市(はらまちし)は、かつて福島県浜通りにあった。市の玄関口であった原ノ町駅の読みは「はらのまち」だが、市名は「はらまち」だった。

2006年(平成18年)、相馬郡鹿島町および小高町合併し、南相馬市原町区となった。

概要

江戸時代には、相馬中村藩の陣屋が置かれていた。相馬市を初めとする浜通り北部で行われる相馬野馬追では、雲雀ヶ原(二日目メイン会場)と太田神社の二箇所を抱える。

南のいわき市と、北の仙台市の中間(両市まで75km)に位置する。かつて浜通り北部の中心は中村(相馬市)だったが、後に原町に中心が移った。地方紙福島民報福島民友の2紙ともに、支社を置いている。

地理

  • 河川:新田川、太田川

歴史

  • 1889年明治22年) - 町村制施行により、行方郡原町村、太田村、高平村、大甕村、石神村の5村が成立する。
  • 1896年(明治29年) - 行方郡が宇多郡と合併し、相馬郡となる。
  • 1897年(明治30年) - 町制施行により、原町村が原町となる。
  • 1921年大正10年) - 磐城無線電信局原町送信所が設置される。
  • 1954年昭和29年) - 原町、太田村、大甕村、高平村の1町3村が合併・市制施行し、原町市となる。
  • 1956年(昭和31年) - 相馬郡石神村を編入する。
  • 2006年平成18年) - 鹿島町・小高町と合併し、南相馬市が発足する。

行政

  • 原町村長
    • 1889年(明治22年)原町村初代村長山岡隆剛。
  • 歴代原町市長
    • 初代 - 青田栄(1954年-1958年)
    • 2代 - 渡辺敏(1958年-1962年)
    • 3-5代 - 山田貢(1962年-1974年)
    • 6-7代 - 渡辺敏(1974年-1982年)
    • 8-11代 - 門馬直孝(1982年-1998年)
    • 12代 - 鈴木寛林(1998年-2002年)
    • 13代 - 渡辺一成(2002年-2006年

経済

産業

  • 主な産業
  • 産業人口(2000年国勢調査)
    • 第一次産業就業人口 1,599人
    • 第二次産業就業人口 8,994人
    • 第三次産業就業人口 11,291人

姉妹都市・提携都市

教育

高等学校
原町高等学校
相馬農業高等学校
松栄高等学校(廃校)
中学校
原町第一中学校
原町第二中学校
原町第三中学校
石神中学校
小学校
原町第一小学校
原町第二小学校
原町第三小学校
高平小学校
大甕小学校
太田小学校
石神第一小学校
石神第二小学校

交通

鉄道路線

主な道路

路線バス

空港

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

出身有名人

関連項目

脚注

[脚注の使い方]
  1. ^ 国際交流について - 南相馬市

外部リンク

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