田中日淳
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田中 日淳 | |
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1914年(大正3年) - 2010年(平成22年)7月18日 | |
法名 | 日淳 |
生地 | 北海道 |
宗派 | 日蓮宗 |
寺院 | 久遠寺 池上本門寺 照栄院 |
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田中 日淳(たなか にちじゅん、 1914年(大正3年)3月 - 2010年(平成22年)7月18日)は、日蓮宗の僧。日蓮宗の第48管長。池上本門寺貫主。立正大学仏教学部卒業。北海道出身。
生涯
北海道出身。母親の願いにより池上本門寺塔頭の照栄院で出家し、立正大学仏教学部を卒業[1][2]。
第二次世界大戦中の1940年(昭和15年)に応召され、仙台市の予備士官学校を卒業後、見習士官になり航空兵に転科。訓練の後にシンガポールにあった第三航空隊軍司令部勤務となった。終戦後はチャンギ刑務所の教誨師となる[1]。
1947年(昭和22年)9月に復員し、同年11月に照栄院の住職に就任した。その後、立正学園女子高等学校教諭を経て、1953年(昭和28年)から池上本門寺に勤務し、1988年(昭和63年4月)に池上本門寺第81世貫首、1995年(平成7年)12月には第48代日蓮宗管長に就任[1]。
またこれまでに日蓮宗宗務顧問、日蓮宗綜合財団理事、立正大学学園総裁、チャンギー慰霊会会長、日韓仏教交流協議会会長などを歴任し、特別大法功章を受章した後、大僧正を叙任[1]。
著書
脚注
- ^ a b c d e “田中日淳猊下がご遷化 日蓮宗第48代管長、大本山池上本門寺第81世貫首”. 日蓮宗新聞. 2024年4月30日閲覧。
- ^ “田中(本隆)日淳上人”. 照栄院. 2024年4月10日閲覧。
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