第3野戦軍

第3野戦軍(だいさんやせんぐん、第三野战军)は、国共内戦時代の中国人民解放軍の方面軍・軍集団級の部隊。前身の華東野戦軍以来、陳毅が司令員を務めている。

成立

1949年2月、中国共産党中央軍事委員会の命令により、華東野戦軍は、中国人民解放軍第3野戦軍に改称された。

指揮官

1949年2月現在。

  • 司令員兼政治委員:陳毅
  • 副司令員兼第二政治委員:粟裕
  • 第一副政治委員:譚震林
  • 参謀長:張震
  • 政治部主任:唐亮

編制

1949年2月現在、4個兵団と1個特種兵縦隊を管轄した。

  • 第7兵団 - 司令員王建安、政治委員譚啓龍、副政治委員兼政治部主任姫鵬飛、参謀長李迎希
    • 第21軍 - 軍長滕海清、政治委員康志強
      • 第61師
      • 第62師
      • 第63師
    • 第22軍 - 軍長孫継先、政治委員丁秋生
      • 第64師
      • 第65師
      • 第66師
    • 第35軍 - 軍長呉化文、政治委員何克希
      • 第103師
      • 第104師
      • 第105師
  • 第8兵団 - 司令員陳士榘、政治委員袁仲賢、副政治委員兼政治部主任江渭清、参謀長何以祥
    • 第24軍 - 軍長王必成、政治委員廖海光
      • 第70師
      • 第71師
      • 第72師
    • 第25軍 - 軍長成鈞、政治委員黄火星
      • 第73師
      • 第74師
      • 第75師
    • 第26軍 - 軍長張仁初、政治委員王一平
      • 第76師
      • 第77師
      • 第78師
    • 第34軍 - 軍長何基灃、政治委員趙啓民
      • 第100師
      • 第101師
      • 第102師
  • 第9兵団 - 司令員宋時輪、政治委員郭化若、参謀長覃健、政治部主任謝有法
    • 第20軍 - 軍長劉飛、政治委員陳時夫
      • 第58師
      • 第59師
      • 第60師
    • 第27軍 - 軍長聶風智、政治委員劉浩天
      • 第79師
      • 第80師
      • 第81師
    • 第30軍 - 軍長謝振華、政治委員李干輝
      • 第88師
      • 第89師
      • 第90師
    • 第33軍 - 軍長張克侠、政治委員韓念龍
      • 第97師
      • 第98師
      • 第99師
  • 第10兵団 - 司令員葉飛、政治委員韋国清、参謀長陳慶先、政治部主任劉培善
    • 第28軍 - 軍長朱紹清、政治委員陳美藻
      • 第82師
      • 第83師
      • 第84師
    • 第29軍 - 軍長胡炳雲、政治委員張藩
      • 第85師
      • 第86師
      • 第87師
    • 第31軍 - 軍長周志堅、政治委員陳華堂
      • 第91師
      • 第92師
      • 第93師
  • 特種兵縦隊 - 司令員陳鋭霆、政治委員張凱

その外、膠東軍区は、第32軍(第94師、第95師)に改編され、軍長に譚希林、政治委員に彭林が任命され、山東軍区の指揮下に入った。両広縦隊が第4野戦軍から引き抜かれ、曾生が司令員に、雷経天が政治委員に任命された。

この時、第3野戦軍は、約58万人を数えた。

活動

第3野戦軍編成後、主力は、3月中旬、廬江、無為、滁県、六合、揚州と如皋のラインに進み、渡江作戦の準備を行った。4月中旬、第3野戦軍と第2野戦軍は、渡江戦役を発動し、4月23日、南京を解放した。その後、杭州上海を解放した。京滬杭戦役終結後、6月1日までに約40万人の敵軍を撃滅した。

第7兵団は、第2野戦軍及び華東軍区の一部部隊と協力し、浙江省及び沿岸部の大部分の島嶼を開放した。第10兵団は、7月上旬、蘇州地区を南下し、8月17日、福建省福州市を解放した。その後、漳(州)廈(門)金(門)戦役を発動し、10月中旬までに福建省及び沿岸部の大部分の島嶼を解放し、約10万人の敵軍を撃滅した。

華東地区の軍政指導の強化のため、1949年7月、華東軍区と第3野戦軍の指揮機関が統合された。同時に配下部隊の機構も大幅に調整された。第7兵団は浙江省軍区を兼任し、第23軍が第9兵団に引き抜かれ、第35軍は全て地方化した。第8兵団は廃止され、大部分は華東軍政大学(陳毅が校長と政治委員を兼務)と統合され、一部は第34軍と統合され南京警備司令部(第24軍と第25軍)を編成し、第26軍は第9兵団に引き抜かれた。第9兵団(第20軍、第23軍、第26軍、第27軍)は、台湾解放の準備に入り(後に朝鮮戦争に投入)、第30軍、第33軍は、淞滬警備司令部に編入された。第10兵団は、福州市解放後、福建省軍区を兼務した。

1949年12月までに、第3野戦軍は、約82万5千人を数えた。

消滅

1950年1月3日、中央軍事委員会の決定により、第3野戦軍第30軍と第35軍が廃止され、その要員は華東海軍に編入された同年8月、第3野戦軍党委員会が廃止され、新たに華東軍区党委員会が設置され、陳毅が第一書記、粟裕が第二書記、唐亮が第三書記に任命された。野戦軍の全部隊は、華東軍区に編入された。11月、第29軍と第32軍から鉄道公安司令部が編成された。

関連項目